日本のプログラミング教育と将来にむけての取り組み
~【対談】小田理代×利根川裕太~

2020年に学習指導要領が改訂され、小学校におけるプログラミング教育の必修化から4年が経ちました。小学校の教科書の中には、さまざまな教科にわたって、プログラミング教育に関連する記述が見られるようになりました。
では実際のところ、プログラミング教育のプロの視点では、現状をどのように捉え、どこに課題を感じているのでしょうか。
世界各国と比較しての現状や、プログラミング教育を取り巻く社会で行われている取り組みなどについて、「みんなのコード」代表の利根川裕太さん、麗澤大学外国語学部准教授で教育工学を専門としている小田理代さんにお話を伺いました。

世界と比較した日本のプログラミング教育は?

- 利根川さん
小田さんは、実際にプログラミング教育が導入される前から、ベネッセコーポレーションのプログラミング教育担当として、小学校や中学校に出向いて教員研修をしたり、プログラミング教育の指導案を作ったりしていらっしゃいましたよね。

- 小田さん
はい。利根川さんに初めて会ったのもその2016年ごろですね。それからベネッセコーポレーションを2019年末に退職した後も博士課程に通いながら、プログラミング教育のナショナルカリキュラムの国際比較に関する研究を行いました。2023年度から現職に至ります。

―その立場から、2024年現在の学校でのプログラミング教育を、どのように評価していますか。

- 小田さん
まずは2020年度より小学校から導入されたことに、大きな意味があったと思っています。わたしが博士課程でプログラミング教育の諸外国の比較研究を行った際に印象的だったのは、さまざまな国で2010年から2020年の間にナショナルカリキュラムが改訂され、プログラミング教育に類するものが小学校から取り入れられていったこと。これに遅れを取らなかったのは良かった点ですね。

―なるほど。世界水準で導入できたと。利根川さんはいかがでしょうか。

- 利根川さん
2024年のいま、プログラミングの話題性が落ち着いてきたころなのかもしれませんが、もう少し盛り上がってほしいなというのが正直なところですかね。
とはいえ、わたしが『みんなのコード』を立ち上げたのは、プログラミングが都市部や局地的な地方でのみ、高いお金を払って通える習い事であった2015年ごろです。そこから現在まで、学校現場の限られたインフラやリソースでも活用できるプログラミング教材「プログル」を全国の小学校・中学校・高等学校・教育機関に無償で提供してきました。それだけではなく、小中高、それぞれの学校種の先生たちにプログラミング等を教える教員養成事業や、全国各地の学校と様々な実証研究を行ってきました。その期間で見ると、学校での学びの手法も、だいぶ積みあがってきたなという感覚はあります。 せっかくなので小田さんにお伺いしたいのですが、カリキュラムを国際比較すると、日本のプログラミング教育はどのような捉え方ができますか?

- 小田さん
それぞれの国でプログラミング教育の取り入れ方がだいぶ違うので単純に比較するのは難しいです。カリキュラムの面だけでも、独立した教科として取り入れられていたり、既存の教科の一単元になっていたり、日本の小学校のように各教科等横断的に行われていたりなどさまざまです。
学習内容だけでいうと、小学校~高等学校までの大きな全体で見た場合、日本の学びのレベルは、高く設定されていると思います。

―小学校・中学校・高校と、それぞれで比較した場合はどうでしょうか。

- 小田さん
多くの国では、日本が高校までかけて学ぶことを小学校・中学校で学び、高校では選択教科になるという仕組みになっていることが多いです。ですので、各学校段階のレベルを他のナショナルカリキュラムと比較すると、日本の小学校・中学校におけるプログラミング教育というのは、他の国よりも低く設定されていて、高校での学びの比重がとても大きいという印象ですね。

―国際比較をした中で感じた課題には、どのようなものがありますか?

- 小田さん
もし挙げるとすると、変化が激しい時代に新しい学びをどこまで迅速に取り入れられるか、という点については、もう少しかなというふうに感じています。 学習指導要領が改訂された後も、AIやデータサイエンスといった情報技術は常に変化し、どんどん人々の生活に影響を及ぼしています。
こうした変化への対応として、例えば韓国では、情報教育カリキュラムが2015年に改訂され、2019年に施行されたのち、2022年にまた改訂され、2025年に施行という、比較的短いスパンで見直しを行い、AIなどの分野もしっかり組み込まれています。

それに対して日本の学習指導要領の改訂は、10年に1度。新しい情報の概念が学習資料に明記されるのが10年単位になってしまうんですね。

- 利根川さん
日本における公教育のばらつきの少なさと、改訂の足の遅さというのはトレードオフなところもあるので、非常に難しい点ではありますよね。

日本中で等しく情報教育がいきわたるために

―小学校段階でのプログラミング教育は、地域や学校ごとに差があり、それを解消すべく、2030年の学習指導要領改訂に向けてはカキュラムを体系化していく流れがあります。すべての子どもに等しく情報教育がいきわたるようにするという観点では、カリキュラムの体系化のほかに、どのようなことが挙げられますか?

- 利根川さん
別のアプローチだと、「みんなのコード」でも取り組んでいますが、日本語にハンディキャップがあったり、外国ルーツだったりといった子どもたちとって、わかりやすい教材をつくるといった取り組みや、ジェンダーギャップ解消に向けた取り組みも挙げられると思います。

―なるほど。情報教育におけるジェンダーギャップについては小田さんの研究分野でもありますね。

- 小田さん
はい。プログラミングの動機付け―楽しいとか役立つといった感覚が、男女でどう違うのか、小・中・高でどう違うのか、どの段階でどう意識が変わっていくのか、といったことをテーマに調査を行っています。
学校現場に限った話ではないのですが、女性はなんとなく情報分野に向いていないという潜在的なジェンダーステレオタイプなども、学習や進路選択に影響しているのではないかと考えられています。そこで、まずは男女でどのような差があるのかをきちんとエビデンスとして明らかにしようとしています。

- 利根川さん
ジェンダーギャップの問題は子どもたちだけのものでないですよね。プログラミングを教える学校の先生たちの間でも、例えば小学校の先生の女性比率は6割以上にも関わらず、数年前までプログラミング教育の研修をすると参加者の9割は男性、ということが起こっていました。「みんなのコード」では、女性の先生に向けて参加しやすい研修を増やす取り組みも行っています。

―そうした取り組みの中でハードルに感じていることはありますか?

- 利根川さん
やはり大人の意識を変えることの難しさでしょうか。
例えば、小学校の先生たちは、子どもが好きで、目の前の子どもたちのために、といった意識が大きいはずです。しかし先生方の抱える業務が多く、なかなか新しいことに取り組めない部分もあるかと思います。そんな状況下で新しいことにチャレンジして、続けることは、やはり大変なことであると感じています。

- 小田さん
そうですね。日本では情報分野だけでなく様々な側面でジェンダーギャップが存在することが示されており、社会の中でも注目が高まっています。今はまだ見えにくいかもしれませんが、先生をはじめとする大人たちの意識も少しずつですが、変わりつつあるのではないかと思います。

プログラミング教育に対する意義を感じるには、子どもたちの態度変容に注目

―長くプログラミング教育に関わってきたおふたりが考える、プログラミングで培われる力というものについて教えてください。

- 小田さん
既存のソフトウェアやアプリなど誰かが作ったものを使うだけでなく、情報を使って生活をより良く豊かなものにしたり、課題を解決してより良い社会にしていくといったように、他者や社会との関係性の中から課題を見出したり、それをプログラミングやデータを用いて解決しようとするといったことが考えられます。また、プログラミングは孤独なものと思われがちですが、決してそうではなくチームで開発に取り組むことがほとんどです。様々な強みを持つメンバーとチームで協働する中で、他者と良い関係性を築くために必要な経験も積んでいけるのではないかと思います。

- 利根川さん
どうしても技術的な要素に注目しがちですが、子どもの態度変容というところに注目したいですよね。何かあったときに問題を解決しに行こうとする力やコミュニケーション力、発表する力といった、プログラミング教育の活動に伴ってできるようになったことは何だろう、と考えていただければ、改めてその価値に気づきやすいのではないかと思います。

―そのようにプログラミング教育に対する保護者の意識を高めるというのも、重要ですよね。

- 小田さん
はい。保護者の方がプログラミング教育の必要性を知っていると、性別に関わらず、お子さんのプログラミングや情報教育に関する環境支援にもつながるのではないかと思います。
個人・家庭レベルの視点でいうと、家庭で積極的に情報機器を使えるかというのも大事ですね。大学でもどこまでChatGPTを学習に活用するのかといった議論もあるのですが、触れる機会をきちんとつくることで、メリットとデメリットのどちらも知りながら、きちんと活用していけるようになるのかなと思っています。

- 利根川さん
それについては多くの保護者の方にとって悩ましい部分かもしれませんね。多くの子どもたちは、デバイスを与えられるとデジタルを受動的に消費する時間があまりに多くなりがちです。受動消費と能動創造のバランスのとり方が、重要だと思います。

―コンテンツを消費するだけにとどまらず、クリエイティブ側にも視点を変えられるようなアクションができればいいですよね。

プログラミング教育全体を盛り上げるプログラミング大会とは?

―子ども向けのプログラミングの大会やコンテストが、今後のプログラミング教育の発展に寄与できる可能性があるとすると、それはどのようなものだと思いますか?

- 小田さん
わたしの研究分野でいうと、諸外国でも大学で情報系の学部を選ぶ女性の割合が少ない傾向にあり、その要因の1つとして幼少期にプログラミングに触れる機会が少ないといったことが挙げられています。ですので、コンテスト自体に女子がどんどん参加しやすい仕組みがあれば、その課題解決になると思います。
また、お互いに学び合える点や生涯学び続ける必要がある点はプログラミングの特徴だと思うので、関心を持った子どもたちが参加者とコミュニケーションをとれるとか、フィードバックをしあうとか、コンテスト自体がインタラクティブな要素を持つことで、よりプログラミングを学ぶことの良さが引き出すことができるのではないかと思いますね。

- 利根川さん
わたしがこれまでに、いくつかのプログラミングコンテストに関わってきて思うことがあります。プログラミングの得意な子をコンテストで評価するのは素晴らしいことですが、プログラミングの大会やコンテストに参加したすべての子どもたちに、挑戦したことの意義を感じてもらうことも大切ということです。
コンテストを通じて仲間と知り合えたり、新たな知識やできることが増えたり、というふうに、結果以上に大切なものを感じ取れるような大会であれば、子どもたちの創造的な活動をもっと後押しできるのではないかと思っています。

小田理代さん プロフィール

2023年度より麗澤大学外国語学部准教授(現職)。英語コミュニケーション専攻・専攻長、デジタルコミュニケーション研究センター・センター長。ニューヨーク大学で修士号取得(Digital Media Design for Learning)、東北大学大学院情報科学研究科で博士号取得(情報科学)。情報分野のジェンダーギャップ解消に向けた研究、AIやVRによって支援された外国語学習の研究などに取り組んでいる。

利根川裕太さん プロフィール

2009年にラクスル株式会社の立ち上げから参画し、プログラミングを学び始める。2015年には一般社団法人みんなのコードを設立(2017年よりNPO法人化)、情報教育の普及に尽力。その後、複数の政府委員会で委員を務め、2023年 文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」ヒアリング有識者でもある。2024年横浜美術大学客員教授に就任。二児の父 (11歳, 8歳)

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